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淳情英会話物語

「人前で自分を褒めることできますか?」

僕の父親は昔から音楽に対して情熱的だ。 20代は仲間とロックバンドを結成し、ドラマーとして活躍をしていた。 アメリカや日本など多くの舞台で演奏していて、当時はプロのロックバンドを目指していたほどだった。 結局バンドは解散してしまったが、その後若手のミュージシャンのプロデューサーとして音楽に携っていた。 そんな父親も今では趣味半分で作曲に励み、数年に1回は個人のアルバムをだしている。 アルバムが出来上がると必ず父親は 「これは今まででベストの作品だ!」 と断言 (笑) そして、自分が作曲した音楽を家族・友達・知り合い、時には BYBの生徒さんにも聞かせ、自信溢れた口調でその曲の素晴らしさを熱心に語る。 そして、それが本当に素晴らしいものであると信じさせてしまうパワーの持ち主である。
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「歌う日本人」「踊るアメリカ人」

前回のコラムにも述べたようにアメリカの高校に入学して以来、日本語に触れ合う機会がなくなった。 機会がなくなったというよりは、自ら日本語の環境と距離を置くようになったと言った方が適切であろう。 アメリカ人として受け入れられるようになったことが嬉しくて、日本語を喋ることを恥ずかしく思っていたのが当時の気持ちだった。 英語だけに集中をしていたことで無事にアメリカの大学へ入学することができたが、その反面日本語は低下していく一方だった。 必ず日本語で話しかけていた母親に対しても大学に入ってから英語でコミュニケートするようになり、気づいたら自分自身の考えや気持ちを明確に日本語で伝えられなくなっていた。 それがきっかけでもあり、大学3年目を迎えた僕は日本へ一年間交換留学をすることに決心。 幼い時期から短期間で日本へ遊びには行っていたが長くて2週間程度の滞在期間。 僕にとって初の日本生活となった。 この1年で得た知識と経験は自分自身の考えや価値観を大きく変えていくスタート地点となった。 初めて、大人の視点から日本の文化を見ることができたからだ。

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「家族の為に残業する日本人パパ」 「家族の為に帰宅するアメリカンパパ」

時計が午後5時ちょうどを指すと、荷物をサッと片付け始め、パソコンの電源を切り数分以内には 「See you tomorrow!」 と堂々とした口調でオフィスの出口へ向かうアメリカ人社員。 現地で採用されている駐在員だったら誰でも当初唖然とされてしまうこの習慣は、羨ましい気持ちを抱きながら納得いかない複雑な心境を抱えているのではないか。 特にその日の仕事が終わってもいないのに、すんなりと帰宅できるアメリカ人社員に対して不思議に思うことだろう。 その反面、夜遅い時間まで残業をする日本人を見るアメリカ人は 「何故そんな時間まで残業するのか」 と疑問に思い仕事の要領の悪さが原因だと指摘するアメリカ人も少なくないだろう。 このように、仕事に対する考え方が異なることにより組織にギャップが生じてしまうのも当然の話。 日米 「働く概念」 について様々な相違点があると思うが今回のコラムでは 「家族」 に焦点を絞っていきたいと思う。

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両親は喧嘩でなく、文化のわかり合いをしていた

現在、アメリカの離婚率は約50%といわれており、ソーシャルネットワーキングが普及している今の時代では離婚している夫婦が上昇しているのが現状だ。 2組に1組は離婚をしてしまう・・・ 恐ろしい統計でもあり、その反面悲しい現実である。 自分の周りにもやはり、離婚している人達は少なくないが幸いなことに仲の良い友達はみんな円満な家族に恵まれている。 僕の両親は今年で結婚30周年を迎えた。 30年間、今の僕には理解に程遠い数字である。 国際結婚をした二人は前回のコラムにも述べたが、家族・親戚・友達からの批判を受けながら多くの障害を克服してきて家族の絆を築き上げてきた。 さらに多くの国際カップルが立ち向かう言語と文化の壁も乗り換えてきた。 今回のコラムでは、両親が 「喧嘩」 したエピソードをいくつか紹介し、それについて僕が気づいたことを語ろう。

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働く母親へ。今日も仕事?

睡魔と闘っている中、倒れそうになるところで急に目がパッと覚め、時計を見ると既に午後9時を過ぎていた。 10分前に親が「もうすぐ帰るよ」 と電話で言っていたにもかかわらず、またかけることにした。 「ねぇ、何時に帰ってくるの?」 と同じ質問を投げかけると 「もうすぐ帰るからね」 と聞き慣れていた返事が戻ってきた。 こんな日々が何年続いただろう。 帰ってくる時間が遅いのは分かっていたのに、それでも毎晩、幾度も親の仕事場に電話をかけていた。 寂しかった。。。

幼稚園の迎えもそうだった。 放課後のチャイムが鳴ると駐車場には沢山のお母さんが迎えに来ていた。 でも、そこには僕の母親はいなかった。 「ジュンのお母さんは?」 と友達に聞かれると 「今日も仕事が忙しいからちょっと遅れてるんだ」 と平気な顔で当たり前のように言っていたが、本当は寂しかった。 なぜお母さんは時間通りにこないんだろう、みんなのお母さんは来るのに。。。駐車場から出て行く車を一台一台眺めながら、頭で繰り返される質問だった。

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教育の違いは先生の質問の仕方にある

小学校、中学校、高校そして大学。 両国それぞれの教育システムを自ら体験できる環境に恵まれた。 プロフィールにも述べてあるが、小学校4年生から高校卒業するまではアメリカの現地校がベース。 アメリカンスクールに通いながら、中学は土曜日に日本語学校、高校は短期留学で1週間千葉県の柏高校へ (わずか一週間でしたが、これも学校体験ができたこととして含めちゃいました、笑)。 大学は1年間一橋大学へ交換留学。 さらに、石川県では 「国際交流員」 として 「文化」 の授業を教えに小学校・中学校を定期的に訪問。 「生徒」の立場からだけでなく 「先生」 の視点からも教育に対するアプローチの相違を肌で感じることができた。

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お母さんに言えなかった悩み事

僕は妹が二人いる。 一つ年下の 「陽子」 と7歳離れている 「あゆみ」。 陽子も僕と同様に日本人学校で教育をスタートし、小学校4年生でアメリカンスクールに転校。 外見から性格まで僕と陽子は極端に正反対。 陽子は幼いころからとても活発で、自己主張が強く、他人の目を気にせずに自分らしく生きてきたとてもパワフルな性格の持ち主。 外見もパッと見はアメリカ人、全面的にアメリカ人の父親似。 その反面、僕はどちらかというと控えめ。 周囲を常に意識しながら、慎重に物事を考えて行くタイプで目立つのが昔から苦手。 外見も日本人ぽく、母親の日本人の血が強いと言えるだろう。 今回のコラムは性格が全く逆な僕と陽子が日本人学校とアメリカンスクールにどのように馴染んでいき、どのような悩み事を抱えたのかを比較し、二つの視点から経験談を紹介していこう。

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英語と日本語、どっちが母語?

「母語はどっちなの?」とよく聞かれることがある。 母親とは日本語、父親と妹は英語、友達はアメリカ人か日本人によって喋る言語が変わる。 僕にとって母語っていったいなんだろう?! 今回ちょっと気になってまず辞書で「母語」の定義を調べることにした。 いくつかの辞書を引いた結果、「人が幼少期から自然に習得する最初の言語・生まれて最初に習い覚えた言語」と「最初に習う言語」という定義が最も一般的であるようだ。 じゃあ、果たして僕のように生まれたときから多言語を聞いて習った人たちにとって母語はどっちになるんだろう。

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